【ヌーソロジー】エーテル空間の動画を見て【忘備録3/4】


エーテル空間 シュタイナー思想 ヌーソロジー

少し前から本格的に、ヌーソロジーの世界観について学ぼうと思い、半田 広宣 氏 のYoutubeチャンネルの動画を見始めました。

今回は半田 広宣 氏 著「 シュタイナー思想とヌーソロジー 」の出版記念講演の動画の3本目の動画に関する忘備録。

ヌーソロジーの新参者にもなれていない私ですが、忘備録として、また興味が沸かれることになる人のためにも、見聞きした情報をアウトプットさせて頂きたいと思います。

半田 氏 の言葉を借りるなら、私は少しずつ ” ヌース脳 ” で思考し始めているのかもしれません。
今回も大変興味深く、頭だけでなく全身が熱くなる思考の体験をさせて頂きました。

是非あなたもシュタイナーとヌーソロジーの世界を体感してみてください!

エーテル空間を認識するためには本質の私という視点が必要!

いきなり結論を書いてしまいますが、エーテル空間を認識するためには、今の認識を変えなければならないようです。

今の認識とは、物質世界を見ている視点に、自分自身の身を置いている概念。

私たちは本来靈的な存在ですが、今は物理的な負荷と喜びを体験する肉体をまとっているんですね。
そのため靈的な世界がどんな仕組みであるかは、肉体を離れることでしか解りません。

しかし現代は、宇宙創造過程において、靈的世界を体感しつつ、物理世界を生きる時代。

これからの時代は、否応なく、意識の変容・変革が促される出来事が絶え間なく起こると言われています。

それはなぜかと言うと、やはり宇宙創造のプロセスの一環だからですね。

今を生きることに集中していると、無限に続く宇宙創造の一因でしかないことを悲観することはありません。

今を生きることができなければ、明日も、明後日も、1か月後もありませんから。

今回は物質的な存在としての意識と、靈的な存在としての意識両方を備えた私たちが、これまでは認識できなかったエーテル空間についての内容です。

私は理系の頭ではなく、理解するのに時間がかかりました。

しかしですね、それさえも私の傾向であり、真実ではありませんので、理解に達しようとする過程が大切だと意識を改めます!

それでは今回も、あなたのシュタイナー思想とヌーソロジーの理解にお役に立てられるように、インプットした内容を整理しながら、書き起こしていきたいと思います。

エーテル空間について

NoosAcademeia公式チャンネルより動画を貼り付けさせて頂きました。有難うございます。

本動画は約54分間の動画です。

今回の動画は物理学的な情報が絡んできましたので、半田 氏 が話されている内容を受け取るだけでも時間がかかり、今回も倍以上の時間がかかりました。

ヌーソロジーが提唱する ” 認識の転換 ” には、物理学、素粒子、量子力学は欠かせません。

私は元々靈的な事柄に大変興味がありましたが、世の中に出回っている情報は、自分自身が経験することでしか昇華することはできないと思ってきました。

物質と靈性両方をバランスよく認識することで、靈性がエンターテイメントとしてのスピリチュアルに堕落することはありません。

今回は特に頭を使いましたが、魂が喜ぶ知性の獲得というのでしょうか、私は本当に視聴している時間楽しかったです。

是非あなたもお時間がある時に、半田 氏 の言葉に耳を澄ましてみてはいかがでしょうか?

エーテル空間とは、靈的世界の入り口でしかない

今回の動画内容は、エーテル空間について。

シュタイナーが提唱していたエーテル空間と、ヌーソロジーが捉えている空間認識は大変似ているそうです。

今回も忘備録として、私が特に注視した内容をピックアップさせて頂きます。

【 シュタイナー思想におけるエーテルとは 】

  • シュタイナー没後、時代・人間の意識の流れは大きく変化した
    しかしシュタイナーはそれをも見据えた世界観を確立していた
    そして現代においてシュタイナー思想から世界の仕組みをどう考えるかが重要
  • 半田 氏 曰く、1980年代からのコンピューターの対応により、世界中で人間の意識の変容が始まった
    コンピューター・科学技術の発達により、量子力学が見出され、素粒子の存在が明らかにされることにより、人間は物質界を超えた世界を見出すようになる
  • 電氣自体も素粒子のはたらきによるものであり、シュタイナーは電氣を ” 堕落したエーテル体 ” と呼んだ
    その理由は、本来のエーテル体としての力のはたらきであり、半エーテル的であることを意味する
  • これからの時代AIの知性は、人間の知性を優に超え、人間の仕事を代行するようになる
    それに従って、現代人は人間のアイデンティティについて考えざるを得なくなる
    これから20年間くらいは、人間は文明形態の意向とともに、意識の変容期間になる
  • またこれまでの現代人の文明の発展は、もしかしたらAIにできることを優先してきた節があり、AIの存在は宇宙創造過程において必然的な創造といえる
  • AIの登場によって、人間は古い価値観を手放し、新しい価値観を獲得するようになる
    なぜなら現代人には ” 主体が解らない ” 時代に生き、人間観・主体間は既に壊れ去っているからである
  • これまでの哲学の構図は ” 物質界で生きる人間 ” であったが、エーテルの存在が明らかになることで、その構図は適用されなくなった
  • 半田 氏 は現代人のこの立ち位置を、” 現代人の意識は、2つのエーテル界の間にまたがって裂かれている ” と表現している
    その構図は、まるで物質を中心として、実体の世界と、半エーテル世界 / 半靈的世界という2つのエーテル界に挟まれているようである
  • ヌーソロジーの弁証法として、” 人間の世界には、必ず繁栄が先にやって来る ” としている
    AIやコンピューターは半エーテル世界 / 半靈的世界を見出すための ” 福音 ” と呼べる
  • AIやコンピューターなどの半エーテル的なモノを ” 反射板 ” にして、人間の意識はエーテル界へと反転する
  • シュタイナーはエーテル空間を、宇宙を創り出している実体の世界の入り口としている

【 空間認識について 】

  • 人間の意識に対する常識は、3次元に時間と空間を足した ” 外的に体験している空間 ” である
  • ヌーソロジーでは、” カタチは見えるモノではなく、見ているモノ (観測者自身) の中に在るとしているので、人間の常識としての意識では、本来の空間を見ていないことになる
  • シュタイナーは空間認識についてこのように述べている
    ” 人間は空間形態を内的に経験しているのであって、感覚的体験の必然的帰結として外敵に体験しているのではない ”
  • 人間は外的な空間認識をすることで、内的な空間を感じ取ることができないため、エーテル空間を捉えることができない
  • シュタイナーはエーテル空間を認識するためには、” 架け橋 ” が必要であると述べている
    ” 内的本質と空間現象との間のいきいきとした以降に関する認識の / 科学の架け橋が必要である ”
  • 新しい幾何学によって架け橋を見出すことができる
  • シュタイナー思想を研究したジョージ・アダムスは、エーテル空間を ” 射影空間 ” と捉えた
  • 3次元のモノの影は、平面としての影に映るのは、1つの次元が差し引かれる現象であり、縮んでいることを意味する
  • エーテル界は、4次元が3次元の中に入っているが、人間の意識は4次元を捉えることができない
  • 3次元空間に ” 無限遠点 ” を加えることで、射影空間は数学化することができる
  • オコツトは、” 人間はどこから世界を見ているのか ” を考えるように何度も促した
    その理由として、人間は自分の目は自分で見えないことから、見ている世界と見える世界が異なることを意味する
  • 見ている世界は、射影空間であり、またその世界は他者から見た世界であり、自分自身が存在する空間ではない
  • すなわち人間は見ている3次元の世界には存在せず、自分が居る本当の世界こそがエーテル空間である
  • 人間はエーテル界に存在していることを忘れて生きて来た
    それゆえオコツトは、人間がエーテル空間に存在している認識を取り戻すべきだと語った
  • 3次元空間は幅の空間認識と概念で支配された空間であり、人間の居場所である4次元の ” 奥行き ” は転化して縮んだ世界
  • 人間は奥行きに幅を置いて、概念として世界を構築し、エーテル空間の認識ができなくなってしまった
  • シュタイナーは、エーテル空間に存在していることを認識した時、人間の意識は靈界の入り口に立つとしている
  • エーテル空間を知覚かするためには、奥行きと幅を分けて考えなければならない
  • 奥行きの世界は、エーテル空間であり、持続を持つ世界
    また奥行きの世界は、内在性を担保する
  • 幅の世界は、物質世界であり、延長を持つ世界
    また幅の世界は、外在性を担保する
  • 人間は自分の視点からしか見れない空間(エーテル空間)にこそ、内的なモノと外的なものを繋げる架け橋がある
  • シュタイナーは、” 円の秘密 ” として、このように述べた
    ” 私たちは内包的なものを外延的に、外延的なものを内包的に体験しなければならない ”
    ” 平面を一元的な全体として体験することである ”
  • エーテル空間は、物質世界で認識されている認識が反転している空間であり、幅の概念ではイメージができない世界である
  • エーテル空間では、最大が最小であり、最小は最大である反転した空間である
  • これまでこの反転した空間を表現するものは沢山あったが、” 結果 ” や ” 概念 ” としてしか表現できなかった
    これはエーテル空間を捉えるための、認識の架け橋とならなかったことを意味する
  • エーテル的なものは、更にアストラル的なものを背景にし、その後も靈的なヒエラルキーの構造や流れが存在する
  • シュタイナーは、エーテル空間を数学に変換するなら、虚数(√ー1)であると予言した
    この虚数の原理は、数 / 化学エーテルとして現象界に現れる
  • 素粒子を数学的に表現する場合、複素数を用いなければ表現することができない
    そのためシュタイナーが予言した虚数は、物質世界からエーテル界へを垣間見るための原理であることがわかる
  • またシュタイナーは、” この原理は特に循環するもののうちに現れる数のリズムの響きを通して、空間の中へ形成的に作用する ” と述べた
    なぜならシュタイナーは靈視によって、エーテル空間の中で天体の回転の本質を見ていた
  • 半田 氏 は、この原理を、虚の空間で生まれた活動は、活動自体が時間と空間の世界に映し出される時、何者かを形成するはたらきとして生まれる、と表現している
    つまり現象界に現れるカタチ・はたらきは、高次の創造のはたらきの射影である
    言い換えるなら、形成が成される場(物質世界)では、エーテル空間以降の垂直的なモノの活動の結果であると表現される
  • 虚数で表現される素粒子の世界は、エーテル空間である
    これに対して従来の科学者が持っていたイメージは、物質空間を出ることがなかった
  • 素粒子は、主観的でもなく客観的でもない存在のため、見ること / 観察することで対象が創り出される存在である
    それこそシュタイナーがエーテル界のキリスト ” を表現する中で、科学的悪と宗教的悪が ” 調停 ” されなければならないと言った本質である
  • 半田 氏 曰く、人間がエーテル空間の認識をするためには、” 虚軸の世界 ” を取り戻すことが重要である
  • 虚軸の世界にこそ、持続があり、生命の実体がある
  • ” 時間を観察している垂直的な方向に持続がある ” との言葉の通り、3次元世界 / 物質世界から観察者の自分自身を、本来のエーテル空間に引き戻すことが重要である
  • 認識の移行によって、宇宙を見る視野が大きく変わると半田 氏 は解説する
    視野が変わることによって、創造が始まる / 万物が創造される空間を見ることができる
  • 空間をすべて、幅から奥行きに塗り替えることで、垂直的な世界 / エーテル空間に立つことができる
  • 半田 氏 が、” 素粒子がエーテル界のキリスト ”と表現したのは、” 時間を観察している垂直的な方向に持続がある ” からである
    またオイラーの公式から見て取れる丸十字の象徴も、意識の変容の過程に、エーテル界のキリストの出現を見出すことができる

【 自我について 】

  • 人間とは、2つの世界の接点に生まれ、生きている
    1つは、創造された宇宙の ” 結果 ” の世界
    もう1つは、宇宙を創造し始める ” 本因 ” の世界
  • 幅の世界 / 結果の世界である物質世界では、本質の半分しか見ることができない
  • 自我とは、幅の世界 / 物質世界であるからこそ誕生した
    自我の宿命とは、他者に見られることにより、自分の拠点を置くことであると同時に、自分自身の本来の居場所を見失うことである
  • そのため他者の居ない世界では、人間の意識には自我は生まれない
  • シュタイナーはそのことに対して、このように述べた
    ” いずれ他者の秘密が解るようになる ”
    ヌーソロジーはこのことに関して異議があるのかもしれないが、今回は触れられていない
  • 自分にとっての奥行きは、他人にとっては幅でしかなく、互いの自我が持つ壁であり、宿命と言える
  • 幅で世界を見るということは、他者を通した視線で、自分を感じ取り、その空間に自分を置くという概念と認識を意味する
  • 半田 氏 曰く、” 自分の奥行きに従って世界を構成する ” ことで、エーテル空間が出現する
  • 幅の視点や概念を消し去ることは、容易なことではないが、時代の流れとともに現代人に半ば強制的に適用される流れである
  • エーテル空間が出現するとは、内的なものが顕在化するということ
  • 人間の意識が存在する物質体・エーテル体に、靈的なヒエラルキーの4階層が入り込んでいる(凝縮)している
  • 人間がこれからの時代に必要とされることは、いかにエーテル界を認識に上げていくか、である
  • 宇宙創造過程において、人間の意識が物質界の最下層に触れ、そこから反射する方向に行く流れが現代人の意識の移行プロセスである
  • シュタイナーはその意識変容を、” 意識魂(こん)の文明を築く ” とした
  • ヌーソロジーでは、6,500年毎に、奥行きと幅の勢力が入れ替わり、1サイクルにつき2万6千年かかるとしている
    この周期はほぼほぼ、シュタイナー思想と整合性が取れている
  • シュタイナーは、アーリマンをアトランティスの時代、物質的な意識の発展とし、ルシファーをレムリアの時代、靈的無意識の発展とした
  • アーリマンとルシファーの悪とは、必然的な悪であり、宇宙創造にとって必要なものである
    それは ” 神が神の名において、神の成長のために負荷として創られたもの ” である
  • また悪は退治・排除される対象ではなく、” 調停 ” されることで成長するための必要悪である
    シュタイナーは悪が調停されることによって、キリスト意識に繫がるとした
    ヌーソロジーでは、内在する世界の顕在化とした
  • ヌーソロジーでは、人間が本当に覚醒する時とは、方向性が反転する世界が実現された時であるとし、現代人の意識でいえば、アーリマンが反転する時であるとしている

以上が私が注視した内容です。

ほぼ全体の内容を書き起こしているのですが、視聴し、ノートに書き起こし、記事にすることで理解が増しました。

もしお時間があれば、あなたも是非視聴してみてくださいね!
その時に必要であれば、この忘備録を活用して頂ければ幸いです。

エーテル空間を見る日は早かれ遅かれやって来るとして

私たちは多くの時代の流れと出来事を通して、エーテル空間を見る認識力を持つ日がやって来るとしたら、ヌーソロジーを知っているか否かで、そのタイミングにズレが生じるかもしれません。

私は常々、” 総(すべ)ては最善に導かれている ” という確信がありますので、大きな時代で捉えた時、みんなが皆自分のタイミングで認識を変換することになると思います。

中庸やニュートラルが最も生きやすいと言われますが、それすらも宇宙創造過程においては、物理世界での在り方でしかないのかもしれませんね。

それでも私たちは、今目の前に起きていることにフォーカスせざるを得ませんし、それでいいのだと思います。

根っこに、すべては今この瞬間にあり、それは大いなる流れを構成する一時(いっとき)の瞬間であることを認識していれば、本来は怖いものなど無いのですから。

今回はエーテル空間とは何ぞやということ、またエーテル空間を認識するための全貌を知ることができました。

フワフワしたビジュアルだけの、確信が持てないスピリチュアルでは、一喜一憂したり、自分軸がブレてしまったりと、誰かの思惑に乗ってしまう物理世界のゲームの一因になりかねません。

それさえも大いなる流れであったとし、自分は一歩身を引いてみることで、エンターテイメントとして捉えられると思います。

また科学を妄信する時代も終わったことは明白ですが、科学が靈的世界を開く鍵であることも確かなんですね。

科学と精神世界は1つで、靈的世界であることを、ヌースアカデメイアの数々の動画で知ることができます。

そしてこれまでの知識や経験が、それまで点にもならなかった素材であったとしても、一度意識と認識の両方が変わることで、線を結ぶ点に生まれ変わるのではないでしょうか?

今回も時間をかけて、認識の変換を促してくれる大変面白い内容の動画でした。

これからの時代は、動画音声が主流となります。
繰り返しになりますが、是非あなたもお時間を作って、動画を視聴してみてくださいね!

そういえば昨日、半田 広宣 氏 のツイートに返信したのですが、半田 氏 本人から返信があって、思わずビックリしてしまいました!

” ありがとう、ゆっくりやっていってくださいね。 ” という返信内容で、嬉しかったです。

半田 広宣 氏 のツイッターアカウントはこちら

シュタイナー思想とヌーソロジーの動画の忘備録は、次で最後になります。
今回も長くなりましたが、最後まで読んで頂きまして本当にありがとうございます。
それでは忘備録#4でお会いしましょう!

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