【不思議体験】#3過去の解釈|幼い頃に締め付けられた光は影だった


不思議体験 靈障 神様

私の20代での出会いの中で、前回の話題になった女の子との出会いは、かなり特殊なものでした。

雰囲気が明らかに、高校生じゃないんですから … 。

前回の憑依体験の記事を書いてから、そういえば、私の過去の体験について彼女にチラッと話した際、彼女は神様を通して意外な答えを返してくれました。

” 私の記憶と感情の癒しの物語 ” を続々と綴っているのですが、この話に辿り着くまではかなり時間がかかりそうだと思ったので、このカテゴリーでシェアさせて頂きたいと思います。

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私は自分で自分に手をかけた … ?

まずは、私が幼稚園児から小学生にかけての頃、私は真夜中に突然覚醒し、何か恐ろしい存在に追い掛け回され、恐怖する体験をしました。

またその時の光景は、まるで私は自分の身に起こっている視点と、その場面を見ている第3者の視点両方で体験した感覚があったので、長い間謎めいていたんですね。

⇩ 詳しくは私の記憶と感情を癒す物語を参照ください ⇩

404 NOT FOUND | 言靈のサンクチュアリ
~中今を開く真道の導き~

彼女は私の話を最後まで聞いてくれたと同時に、アドバイスもしてくれました。

論理的な説明ができない時、人は靈障ではないかと勘繰ったりしそうですが、その靈障が自分が起こしたとは考えないものですよね。

私もそれまではずっとそうでした。

彼女は神様の通訳として、私の過去の記憶と感情を優しく解釈してくれました。

月の光ではなく、太陽の光を受けて走りなさい

これまで何度か占星術・月星座について解説させて頂いているのですが、ここに来てまた太陽と月について考えさせられるとは思いませんでした。

というよりも、私がアウトプットするまで、私の中でずっとテーマであり続けただけなのかもしれませんね。

実際彼女の助言によって、私の心は大変軽くなり、過去に体験した光の正体と、あの体験自体を肯定することができました。

そしてそれからの人生についても、今でも揺るがないしっかりとした指針を与えてくれ、彼女と彼女にまつわるすべての存在に、心から感謝しています。

1.あの時の真相とは、心の影が光となり、自分自身に知らせた

私が幼い頃の ” 光の輪 ” に締め上げられるという体験は、自分自身の心に鬱積した影が、収まりきらなくなったため、と彼女の口から説明されました。

私は外部からの靈的な攻撃であるか、家系的な靈現象なのか、理由や原因を見定める術がありませんでしたので、それまでも答えは保留にしていたんです。

だって ” 決めつける ” ことで、どこかに冤罪が被ってしまったら、それこそ新たなカルマ作りですから。

当時の私は、地球に降り立った幼い子どもを生きていたのですが、常に不安定でした。

足元が揺らいだり、幻覚が見えるというような直接的な不安定さではなく、私は常々 ” 不安 ” を感じていたんですね。

父親の家庭内暴力が無かったとしたら、なんて仮説を思い描くことは私にはできませんでした。

パラレルワールドがあったとしても、既に起きた経験を忘れることはできないのですから。

父から絶えず与えられる恐怖、我が家に潜んでいる恐怖と支配に対する集合的無意識、そして私の幼子としての世界への眼差しなどが一体となり、私は光と影に分離してしまったんですね。

彼女の口から出てくる言葉は、表現し難いのですが、尊い響きやニュアンスがあり、また彼女が高校生であったということもあって、私は彼女との対話の多くを鮮明に覚えています。

私は私のために、光と影を作り、影が光に化け、陰陽の一体を体験させた、そのように考えてしまいます。

要は、私は恐怖を押さえつけていたんだと思います。

怖い時に怖いと言えない、それは大変苦しいことです。

怖いのに怖いとは言わない、それは苦しい生き方であり、誰のためにもならないんですね。

私の中で、過去の記憶同士が繋がり、誰の心や人生にも響くと感じましたので、今回記事にさせて頂きました。

認めること、肯定することは、負けや敗北といった、どちらかを生かし、どちらかを殺めるということではありません。

肯定することは、どこにも非を与えない、最善の解釈であり、アプローチです。

私は自分自身の中に、今でもたんまりと、影や湿っぽい部分があり、常に見つめ、見届け、認めていく必要があるのだと強く感じています。

2.これ以上月の光を頼らなくていい

私は中学生の頃に初めて不眠症を経験し、その後仕事の勤務時間帯も関係があったのですが、度々睡眠に問題を抱えていました。

彼女と会話をしていた時も、不眠に悩んでいた時でもあったんですね。

彼女はなんと、北枕で寝ると9割の確率で悪夢を見るのだとか … 。

私は常に北枕で寝ていて、南枕で寝ると大変寝起きが悪いので、寝る方位を変えることがあまり無かったので、彼女の話を聞いて驚きました。

私が幼い頃の光の輪の解釈をしてもらった後、彼女は続けて助言してくれた内容が、今でも鮮明に覚えていたのでシェアさせて頂きますね。

” あなたはこれまで夜の世界、静寂の世界、月の世界を好んで生きて来たけれど、もはやもう必要のないことではないでしょうか?

いつまでも幻想の世界に浸り、現実の世界から逃げることを止めてはいかがだろうか、そんなことをストレートに言われたような氣がしました。

 

” あなたはこれから、太陽の光を背に受けて、前に進んでいくことが大切です。あなたに必要なことは太陽に輝きを与えられながら走ることです。 ”

 

私は確かにちゃんと働き、人付き合いもそつなくこなしてはいましたが、内心では常に、シャッターを下ろしていました。

それは自分を守るためでもありましたし、強烈過ぎる他者批判を避けるためでもあったんですね。

私は加減というものを知らず、振り切ってしまうことがよくあるので、自分の力をセーブすることに慣れ過ぎ、自分の個性や氣配を消すことに必死でした。

その結果、私はアウトプットや自己表現が苦手になり、敢えて人との間に深い溝と距離を作ることで、安心感を得ようとしていたのだと思います。

そのような生き方は外交的とは言えませんし、私自身ひっそりと生きていたい、注目を浴びたくないという思いが強かったものです。

ですが太陽の意識に差し掛かっているにも関わらず、相変わらず月の意識で自分と世界を結び付けているなんて、なんて滑稽で稚拙な在り方でしょう … 。

彼女は強く私を責めることはしませんでした。
むしろ共感を持って、慰めることはせず、認めてくれたんですね。

彼女の周りに居る何人もの神様と、彼女を介してお話させて頂きましたが、どの方も芯があって、大変お優しい方ばかりでした。

私と彼女が時間を空けつつも、会話を重ねていくうちに、彼女自身も、神様との繋がり方と、人間としての生き方に、大きな変化が出てきているとも教えてくれたのです。

3.人間として生きるべきは、物質世界

確かに靈能力が備わり、” お役目 ” 的な人生を歩む人はおられるでしょう。

しかしスピリチュアルに憧れる人は大抵、過去の私もそうでしたが、” 特別 ” になりたいという欲望を抱いているものです。

” 知らないこともある ” と言えることは、一概に素晴らしい経験や能力、育ちの元に生まれているわけではありません。

私自身は特別な能力があり、靈的成長を遂げて来たわけではありませんが、中途半端に繊細だったため、自分を守りたい・癒したいという一心でした。

しかしそれもまた、この世での生き難さを助長する一面もあったことも確か。

ですから私が目指すところは、ヌーソロジーが提唱するような ” 靈的唯物論 ” 的な在り方で、物質・非物質両方を、それぞれの方法で経験し、捉えられる自分自身であることです。

彼女は高校生をしながら、非常に忙しい飲食店のお仕事をされていました。

靈障や除霊のようなお仕事も、内々の紹介で請け負うこともあったようですが、次第に物質的なことに関わることが大部分を占めるようになっていったそうです。

彼女にとって、その変化は人間として幸せなことだと言います。

常に神様の氣配やエネルギーの流れを察知し、無意識に力を使っていた時に比べ、もっと人間味がある生活が体験できるからだそうです。

かと言って、彼女が靈的な能力が失われたのかというと、そうではありません。

ただ自分で意図的に能力をセーブするように、彼女が本来、物質的現実に向けるべきだったエネルギー量に戻り、彼女の生活全般もそのようになった、それだけなのでしょう。

私ばかりが彼女と、彼女にまつわる神様から多くを教えて頂いたので、私がどれほどお返しができているかはわかりませんが、それもまた1つの出会いと繋がり方だったのだと思います。

ちなみに私はスマホを水没させてしまい、彼女との連絡手段を失ってしまいました。

しかしその前から、彼女とは疎遠になり、返事が来たとしても半年後になり、既に縁は切れつつあったことは明白です。

彼女と私の関係は、どちらかというと現実味が薄く、逆にどちらか一方が忙しいから、暇だからというような単純な理由よりも、もっと儚い結びつきだたのかもしれません。

実際に昔の彼女のメールアドレスを探し出すことが出来れば、また会話をし始めることが可能かもしれませんが、この記事を書く寸前に、PCを初期化せざるを得なくなりました … 。

正直なところ、びっくりです。

昨日の記事を書いて、また続きを書こうと思ってPCを開いたところ、初期化決定だったのですから(笑)。

私が今使っているPCは、父からの貰い物なので、バックアップを取っていなかったことが悔やまれますが、意外と重要なものは無かったのか、私は全然焦っても困っていません。

綺麗サッパリ、PCの内容が整理されてよかったのかもしれませんね!

あらゆる体験を経て、身も心も、周りも整えられていく

本来なら、私はこういった外交的な発信を継続することって苦手なんです。

今までアメブロやFacebookなどの更新をして来ましたが、あまりに外の情報量が多いため、すぐに自分で発信していこうという氣が失せてしまったんですよね。

ですが何か1つ、自分の居場所を確保すると、エネルギーを注げる方向性が定まるので、ブログやサイトを持つことは、精神的にも安心感を与えてくれると実感しています。

昔の私なら、自分のドメインを取得するなんてことは考えられませんでした。
また毎日更新するだなんて、そんなに書くこと、伝えたいことある?と思ったものです。

しかし毎日書くことがあり過ぎて、でも書くテーマは予め決まっているので、全部を発信できないもどかしさを感じながら、今日は今日とて、今日のテーマについて自己表現させて頂いています。

私は書くことに関しては、結構 ” その日暮らし ” 的で、インスピレーションに従って書くようにしています。

昨日あるテーマについて書いていたって、今日はその続きを書くなんてこと、あまりありません(笑)。

なんだかこれまでの過去の経験が、本当にあったのかと思うくらい、今の私はのほほんとしています。
確かにその時々は、必死こいてましたし、内心のたうち回るような思いで、苦しみや喜びを全身で感じて、ある意味人生を謳歌していたのだと思うんですよね。

もちろんまだまだやること、やりたいこと、やるべきことは山ほどある中で、きっと実際に着手できることは限られているんだと思います。

だからこそ、常に与えられ、自分でもそうしようと思えることを経験したいと思い、今日も不思議体験やら、過去の経験やら解釈やら、すべてを今に集約させています。

そこで思うことはやはり、経験無しには、成長も変化も進化も、きっと自分軸を整える判断材料も得られないということ。

私はいつだって、どのような選択肢を選んだとしても、それ自体が最善だと肯定し、これからも生きていきたいと思います。

不思議体験の締めに、なぜこのような内容を書いているのかと途中で疑問になりましたが、なぜだか ” 完了 ” させることに重きを置きなさいと言われているような氣がしているんです。

もしかしたら高校生だった頃の彼女が、今は20代半ばに差し掛かっているわけですが、何かしらの意識の送受信があったのかもしれませんね。

私たちの記憶と感情は不滅です。

忘れたフリや覚えていない意識で生きることはできますが、根本は繋がっているのですから、完了したとは言え、意識や精神の繋がりが消去されることはあり得ません。

彼女は今も、神様たちと元氣にしているのでしょうか … 。

もしかしたら、魔女の宅急便のキキみたいに、靈的な力を返上する時期を迎えているのでしょうか。

どちらにしても、彼女が幸せであることを祈るばかりです。

私の人生で、私を深く温かく支えてくれた1人なのですから。

今回は特にまとまりがなくなってしまいましたが、最後まで読んで頂きまして、本当にありがとうございます。

また次も、不思議体験のお話でお会いしましょう!

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