【月星座】マドモアゼル愛さんの欠損としての月の解釈#2【占星術】


月 欠損 占星術

前回、マドモアゼル愛さんの解釈「 月は欠損を表す 」という氣づきを得て、占星術が映し出す自己実現についての考察をシェアさせて頂きました。

私たちの本能、習性、心理までもが、あたかもプログラムされたかのように働き、その事実に氣がつかないうちは、同じパターンを繰り返してしまうのが世の常です。

占星術をただの占いとして考えているうちは、占星術に秘められている真理への糸口を見出すことはできません。

今回も引き続き影としての月、ループへと誘う役割としての月について、太陽に向かうべき本来の私たちの姿を見出していきたいと思います。

光を反射する影の方向には、向かうべき太陽はない

言わずもがな、月は太陽の光を受け止め、反射する役割を任された天体です。

また月は地球の衛星であり、自らが輝く恒星ではありません。

しかし古代より人間は、月の持つ魔力的な魅力に惹きつけられて来ました。

その結果、私たちは太陽本来の光よりも、月が反射する太陽の光に固執するようになったと言えます。

何が言いたいかと言いますと、鏡の中の自分は反射としての自分であり、本質ではなく、映し出される自分自身を確認するためであるということ。

つまりは月の意識は完了され、成長しない無力で純粋な頃の、幼子としての自分であり、当たり前ですが、いつかは自立しなければなりません。

マドモアゼル愛さんがしきりに、” 人は月を誤解している ” と仰り、警鐘を鳴らされている理由は、月の意識に留まることは危険であるということなんですね。

大袈裟な表現をすれば、大の大人がスーツを着て、オシャブリを咥えているなんてことが、実は私たちの意識の上では起こってしまっていること。

大変ショッキングな氣づきではありますが、人間の意識が進化するためには、無意識の支配から脱する必要があります。

それこそが占星術で言う、月星座の捉え方と言えるのです。

自立とは、自らが立つということですが、姿かたちだけでやっているうちは、マズローの心理的欲求の5段階目の自己実現は果たせません。

今こそ反射された光に意識を向けるのではなく、光そのものの太陽意識へと、向き直る必要がありますので、今回も最後までお付き合い頂けると幸いです。

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月の欠損とは、叶わないことを求めさせる衝動

前回は月の欠損について、マドモアゼル愛さんのブログより、多くの言葉を引用させて頂きました。

驚きですよね、月星座がもたらす象意が、実は欠損を表すだなんて。

私は深く共感してしまい、前々から月星座についての解説をシェアさせて頂きたいと思っていました。

マドモアゼル愛さんはブログだけでなく、Youtubeでも多くの動画で欠損としての月について解説されています。

またマドモアゼル愛さんのオフィシャルサイトでは、占星術のテキストが販売されており、月の欠損に特化したテキストもあるほどなんです

詳しくは下のリンクから、どうぞ。

http://www.hoshitomori.net/ca0/508/

これまで月が欠損であると解釈する人は、おそらくマドモアゼル愛さん以外には居なかったでしょう。
そのためマドモアゼル愛さんは、何度も月の解釈を追加で説明されています。

それでは今回も月の本来の役割について、一緒に考えていきましょう!

1.月の意識とは、お子ちゃまの世界

西洋占星術に限らず、インド占星術でも月は大変重要な天体とされ、生涯に渡って不変的な立ち位置を示しています。

月の意識とは、幼い頃の、とりわけ概念が確立されていない、受け身の解釈で成り立っている意識。

つまりは自我を構成する情報や経験の解釈が、環境や両親、特に母親のフィルターによって方向性や在り方が決まるということですね。

受動的であるということは、楽であり、指針にはなりますが、自分本来の力で獲得する姿勢ではありません。

ですから月が欠損であると解釈される所以(ゆえん)は、与えられることにより、自分の中には無いものを求めるように仕向けられている、ということです。

そこでマドモアゼル愛さんのブログより、占星術における月の役割についての氣づきをシェアさせて頂きたいと思います。

  • 月は特に幼少期の私たちに影響を与えた星です。私たちが最初に作った世界観が月であり、私たちが感じた最初の「お子ちゃまの世界」が月なのです。
  • 子供心に眺めた世界は、自身の手によって作られた世界ではありません。
  • 月の12サインの分類は、私たちが子供時代に見たおままごとの世界を、今なを、月を通して眺めているのに近いのです。それは子供時代の保護の安心感と密接につながるため、強固で決して捨てられないイメージとして私たちの心に残ります。
  • 平たく言うと、私たちはいくつになっても、月のフィルターを通すことで、外界を見ていることになるわけです。
  • 太陽に対しては月は基本的に勝てません。
  • しかし、太陽の獲得がおざなりな場合、いつまでも月の印象に頼るしかなくなります。
  • また、どんなに成長し、太陽意識がその人の人生の大部分を占めたとしても、やはり第一のフィルターである月の印象は変わらずに存在し、どんな場合でも、まず最初は月が眺める形で、物事は始まっていくのです。
  • 他の惑星意識による成長度合いが貧しいようなら、その分、月の印象のウエイトが大きくなり、月の反応がその人を支配することになります。

続編 惑星の理解「月」 より 引用

マドモアゼル愛さんが言うように、私も月は ” 人氣者 ” なんですね。

それは時代の流れ、宇宙の創造のプロセスとして必然なのですが、その流れはいつかは去ります。

ですから月が持つ本来の役割である、反射している太陽の存在と方向に向き直らせることに意識を向けず、いつまでも母性に還りたいという欲求に従うことは、流れに逆らうことになるのです。

このことに氣がつかず、私たちはいつまでも与えられる安心感を求めます。

それが私たちに潜在的に備わっている、母性に対する懐かしさや、感情のパターン、潜在意識に刷り込まれた解釈が創り出す、幼い世界観であり、月の意識なんですね。

2.月の意識を出て、本来の軌道に乗る、それこそが月の役割

月は決して、太陽の方向へと向かわせないために働いているわけではありません。

むしろ本来の軌道に乗り、繰り返しのパターンを脱するために存在しています。

しかし私たちの意識の方が、月の役割を誤解してしまっているんですね。

太陽には真の太陽と偽りの太陽、月には真の月と偽りの月があります。

まずは月ですが、いつまで経っても子どものままで居たい、感情の赴くままに衝動のままに行動したいとさせる側面が偽りの月です。

反対にそのパターンを繰り返しながら、いつの日か、自立しなければならないと氣がつき、太陽の反射としての光から離れ、太陽へと向かおうとする、それこそが真の月の役割です。

また偽りの太陽とは、偽りの月によって、本来自分が向かうべき軌道ではない生き方をし、自らが輝けない鈍った光を放つ太陽に成り下がってしまうということ。

真の太陽とは、占星術におけるホロスコープに限らず、刷り込まれた価値観や解釈を脱して、” 自分らしさ ” という自分軸を見出し、体現していくことです。

それは仕事や趣味、家庭やあらゆる人間関係を通して、自我よりも更に奥にある、私たちそれぞれの生命力に備わっている本質によって、具現化され、表現されるべきもの。

決して月の意識、幼少期に与えられた物事を追求し続けることではないんですね。

ですから私たちが生まれた時の月の位置、星座やハウスを解釈する上で、月は太陽の光を遮る ” 影 ” としての役割に氣がつく必要があります。

  • 月が自身の本質であると思うことは、このように危険なことなのです。それはいくつになってもおままごとのような生き方しかできないことを示します。
  • それもおままごとが楽しければ良いのですが、月を楽しむことは実は難しいのです。
  • は自立できない時代の防衛心を根拠にした印象ですので、不安と表裏一体の関係にあるため、こうしたい、、、と月が思ったことでも、単純に純粋にそうすることはできず、楽しみとはなりません。
  • 月が求めるものを、現実にする力は月にはないからです。
  • 月の印象付けへの関心と情熱は、子供時代の郷愁であり、本質的には依存への憧れです。しかしそれを自立へ切り替えない限り、私たちの人生は始まりません。
  • 月の印象にこだわる限り、私たちは何か自身を依存させるものを求めてしまうでしょう。
    月の印象が自分だと思えば、それは嘘なので力は出ません。どんなに月がそのことを求めても、失敗します。続編 惑星の理解「月」 より 引用

私たちの人生には、様々な仕掛けが仕込まれているのですが、あらゆる体験によって、その仕掛けを受け入れ、認めることでしか、本来の人生を歩むことができないんですね。

私自身も、それも大人になってから長い間、幼い頃の呪縛から自由になれませんでした。

しかし私が長らくして来たことは、自らその呪縛を解くことではなく、外からの救いを求めていたということ。

それこそが月の欠損の、” 反射的な反応 ” が固定化しているという証拠だと、私は確信しています。

3.鏡の中の自分は、本来の自分ではない

厳密に言えば、肉体としての私たちは、実体としての存在ではありません。

寿命がある肉体が本体である、という唯物論的な考え方は、もはや信じられなくなって来ています。

また鏡に映る反射としての私たちの姿は、私たちの本質の影とも言えます。

なぜなら鏡に映る私たちが反射ではないなら、その姿は他者として映るべきだからです。

このようにして、私たちは大きな視点で見れば、靈的な存在としての実体が、物質世界で肉体を通して世界を見ながらも、また偽りの自分自身の反射に意識を合わせてしまうんですね。

ですからダブルバインドというような、何が真実かわからない、という感覚に陥り、私たちは頻繁に不安になり、思い悩むのでしょう。

地球から見る月は、どの星々と変わらず、大変美しいです。

ただその美しさは、バラの棘のように、現実と真実から目を背けてしまうほどの魅力があり、本来の太陽としての生き方から遠のいてしまう ” 裏設定 ” があるんですね。

最後に、マドモアゼル愛さんのお言葉をお借りさせて頂きます。

  • このように月の星座を悪く言うと誤解されがちですが、月を自分だと思うことは間違いです。
  • 月はあくまで子供時代に身に着けた反応だったのです。
  • これに縛られることは、月が示す7歳までの姿でこれからも生きていくことになり、周囲との軋轢によって、必ず傷つく人生となります。
  • 月からの脱出が占星術における重要な事柄なのです。
  • 。月のイメージに振り回されることがなくなれば、それは日頃の常々のことでもあるので、生きることがかなり楽になっていくと思います。

続編 惑星の理解「月」 より 引用

月星座とは、太陽の光や生き方を確認させる鏡であり、また幼い頃の世界が成長することなく保持された世界を表します。

これまでモテはやされて来た月に対するイメージが、正反対の解釈を知ることによって、本来の役割が見えて来ます。

月とは、受動的で、無力だった頃の私たちをいつまでも守ってくれています。

私たちが大人になり、人生で多くの困難や葛藤を抱きますよね。

もし私たちの内面の世界で、理由や原因が消され、分析できないとしたらどうでしょうか?

時間を戻すことはできなくても、過去の解釈を変えることで、現在の意識も変わります。

ですから月の意識は、私たちの記憶と感情をひとまとめに、経験として保持し、太陽の意識で生きることができるよう、いつまでも見守っていてくれるんですね。

月星座は、受動的には与えられなかった欠損・損失として表れ、損失を獲得に変えるべく成長・自立を促す象徴です。

私たちはいつまでも幻想を見ている場合ではありません。

きっとこの事実は、無意識の言動や、人間関係の在り方、願望実現や自己実現といったあらゆる場面において、いかんなく表面化も、潜在化もしていることでしょう。

ただ占星術に限らず、私たちは影があるからこそ、暗闇があるからこそ、光の存在に氣がつくことができます。

是非あなたも占星術を解釈する上で、母性として、憎まれ役としての月の側面について、考えてみてはいかがでしょうか?

人生には ” 母殺し ” と ” 父殺し ” がつきまとう

心理学的な観点から見ると、父と子・母と子の関係は多くの場合、トップダウン、支配的な構造から始まります。

また靈的な観点から見ますと、親子とは、魂の性質が似たグループが集まり、供に同じ課題を役割を割り当てて学び合います。

私は常々思うのですが、親は子がいなければ親になれないように、子は親がいなければ、この世に生まれ出ることができません。

私たちは聖人ではありませんからね。

そして私たちは歳を重ねる毎に、親からの影響について深刻に考えます。

その時に私たちがすることといえば、親から与えられ、潜在意識にまで浸透した、概念や信念を突き止め、認めた上で、書き換えること。

私たちには必ず、” 親を乗り越える ” ということが必要になるんですね。

自分の内面の中だけで言えば、それは親から与えられた情報・波動を否定するということになります。

いわゆる、” 父殺し ” や ” 母殺し ” が心的に行われます。

安心して下さい、内的・情動的な作業ですから、実際に両親に危害を加えるということではありませんから。

親であっても、あなたの人生に影響を与えることはあっても、あなたが人生をどのように生きるかまでの決定権は与えられていません。

その点で言えば、親さえも障害になりかねませんよね。

そういった意味で、親の存在は有難い存在です。

なぜならどのような行いをしようと、言葉を投げつけようと、変わらず親で居ようとしてくれる、それが親ですから。

また反対に子である私たちも、親を無条件に愛する性質が備わっています。

ですから私たちは、いつまでも親子で居られる絆があるからこそ、家族で居られるんですね。

今回も占星術において、月の捉え方について、深く考察しました。

月とは、夜空に浮かぶ太陽の鏡であり、真実を裏で支える影の立役者です。

だからこそ私たちは、その影の要素をしっかり理解した上で、月の役割を理解し、自らの人生を自らの手で切り拓いていくことが大切。

マドモアゼル愛さんは大変懐の深い方で、ラジオ番組で20年以上お悩み相談もされているそうです。

月星座だけでなく、水や周波数、経済やヒーリングなどについても精通されている方ですので、氣が向いた時に、Youtube動画やブログ記事を参考にされてはいかがでしょうか?

実はあと1回、月の欠損についての考察をさせて頂きたいと思います。

もしかしたらそれ以上に続くかもしれません。

私は決して占星術のプロではありませんし、学んでいる身ですが、学びたい、学び始めている方々のヒントになるような情報をシェアさせて頂ければと思っています。

今回も長い内容を、最後まで読んで頂きまして、本当に有難うございます。
それでは、マドモアゼル愛さんの欠損としての月の解釈#3でお会いしましょう!

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