ヌーソロジーって魅力的だけど、なかなか新参者には敷居が高い … そんな人たちのためにYoutubeに公開されている動画があります。
それが ” ヌースビギナーズラック ”。
私も本来ならこの動画から、ヌーソロジーに入っていくべきだたのかもしれませんが、ちょっと回り道して来ました。
ヌーソロジー提唱者の半田 広宣さんと、関西ヌーソロジー支部代表のJuzouさんの対話形式の動画ですので、ヌーソロジー初心者には大変取っつきやすい動画です。
忘備録とまではいきませんが、ヌーソロジーに関する情報をまとめて、いつでも読み返せるように記録を残したいと思います。
ヌースビギナーズラック – 2013: 人類が神を見る日
半田さんは1997年に「 2013: 人類が神を見る日 」という書籍を出版されています。
そもそも半田さんがヌース理論を経て、ヌーソロジーを提唱し始めたのは、冥王星の意識体 ” オコツト ” とのチャネリングがキッカケだったそうです。
今回の動画は、ゲストのJuzouさんがヌーソロジーに関心を持った出来事や、Juzouさんが抱いている疑問に対して半田さんがその場で答えられているので、大変興味深い内容になっています。
Noos Academeia公式チャンネルより、動画を張り付けさせて頂きました。有難うございます!
半田さんは凝り性だそうで、事務所の一室を収録現場にされて、配信環境を整えられたんだそうです。
今ではiphoneだけで、誰でも簡単に動画をアップロードすることができますが、やはり専門の方の仕事は音質も画質も素晴らしいですね。
ビギナーこそ始めを楽しんで、その後の ” 難しい ” が楽しくなる
ヌーソロジーはチャネリングから始まった、これまでになかった具体的な思想ですから、” トンデモ ” と呼ばれ続けて来たのだとか。
私たちは概念が無ければ、ある程度の枠や制限が無ければ不安になってしまう生き物。
概念に縛られているため、軸から逸れた主義・主張は排除したがるんですよね。
私はどちらかというと、思想を固定させないタイプなので、こういった思考を ” 深化 ” させてくれる情報は大変魅力的。
それではビギナーに優しい、ヌースビギナーズラックを楽しんでいきましょう!
- ヌーソロジーとは、” ポスト科学主義時代の新しい宇宙論 ”
= 物質と精神を統合する理論・思想 - 古代エジプトに存在していたウルシュとは、” 見る者 ” / ” Watcher ” – 監視人
= 半人半神の存在、ヌーソロジーでいう、” 変換人 ” や ” ヒト ” - オコツトによれば、古代3大エジプトは、人間が作ったものでも、宇宙人が関わって作られたものではない
- 変換人とは、高次の意識に変化し終わった存在
人間の意識を創り上げている、もう1つ奥の知性体 - 現代人の意識・意識形態は、16・17世紀以降の意識であり、人間という概念自体は300年・400年の歴史しかない
また現代の人間の意識は、このまま固定されて続いていくはずがない - 変換人とは、近現代の次にやって来る意識
人間の意識は経験的に出来上がり、自我が形成される - 哲学では、経験以前に経験を決める ” アプリオリ ” という高次の意識がある
その意識に入っていき、現在の意識が変換していくプロセスにある存在が変換人である - 高次の意識が変化し終わった存在が、” ヒト ” である
- ヌーソロジーでは、生物学的に人間を捉えない
- 宇宙はその存在自体が、意識形態である
人間は宇宙の意識形態の、ローカルな意識形態である - ヌーソロジーは、古代人が持っていた捉え方で時間を捉える
” 時間はループする ” という捉え方 - 人間の意識は、時間を直線的に捉える
- 存在自体は、時間の無い形で存在は存在する
⇒ アイオン / 永劫・永遠 - 人間は ” 存在自体の捉え方 ” から外れ、直線的な時間の捉え方をするようになり、3次元的な宇宙の広がりを捉えるようになった
- ヌーソロジーの宇宙観は、万物は反復・流転・転変すると考える
万物は時間が有る世界と、無い世界を出たり入ったりする - 宇宙は、科学的な世界観では捉えられない構造を持っている
⇒ 宇宙は ” 精神 ” の中で宇宙は動いている - 3次元の世界での解釈は、本質を捉えているわけではない
- ” 時間と空間の中に原因は存在しない ”
⇒ 本当の原因は、時間と空間以前にある - すべては結果であり、直線的な因果律の関係に、原因を見出すことはできない
- ヌーソロジーは、科学的世界観がローカルな意識の解釈であり、大元の意識にアプローチすることで、意識を変換し、高次の意識へとアクセスしていこうとする
- オコツトは、第2次チャネリングであった
第1次チャネリングは、オリオンのノミという意識体であった - ノミによれば、土星の衛星・タイタンで、タイタンの善と悪が闘っていた
宇宙の存在を支えているオリオンと、オリオンを消そうとしている虚無の精神・スマルが対立していた
まもなく地球にその戦いが下りて来る
前もって地球に、オリオンの戦士の魂が地球に下りて来た - ノミの情報はわかりやすく、オコツトの情報はわかりにくい
半田氏は、オコツトの情報を ” シリウス言語 ” と定義している - 地球自身の精神は、スマルの精神に ” 落下している ”
地球の方向性は、反転させなければいけない - ノミからの情報は、地球を救済することが主旨だった
オコツトは善悪を超えて、人間の意識の形態を換えることが主旨だった - 人間は世界を捉えるために、認識形態(ゲシュタルト)を構築している
オコツトによれば、人間があらゆることに苦難を抱くのは、ゲシュタルトが歪むことが原因とした - オコツトによれば、人間型ゲシュタルトはこれまではよかったけれど、今後は換えていかなければ、宇宙の転変する ” 律動 ” から逸れていくことに対して警鐘を鳴らした
⇒ アプリオリの - 人間型ゲシュタルトがベースとなっている科学的な観点は、時間と空間の概念に囚われている
科学は ” 外側 ” に意識が向いている - 反対に、量子力学では、時間と空間の概念を無視する
量子力学の世界観は、3次元的な捉え方で整理できない領域である - 素粒子をベースに世界観を構築していくと、表象的な概念を崩していく
⇒ 人間の意識を横に置いておいて、新しい空間・場所を創っていくことで、変換人の意識に上がっていく - オコツトは、冥王星の意識であり、シリウスと関係がある
人間の意識が捉える、物質的な冥王星ではなく、占星術が捉えているような ” 靈 ” としての冥王星として捉える必要がある - 変換人型ゲシュタルトとは、今の時間と空間に、次元空間が重なり合っている構造を見る力を持つ力を持っている
- タキオンはローレンツ変換式により、時間反転を起こす
光速度を超えると、存在はひっくり返り ” 虚の世界 ” / 虚数の世界 に出る
⇒ 空間は縮んで点になり、点を突き抜けて反転する - オコツトは全人類に接触していた
= 人間の集合的無意識レベルに影響を与えていた
【 創造について 】
- オコツトによれば、自然による生成・創造と、人間による創造は分けるべきである
大自然の創造は、神による時間と空間が無い場で行われた - 神をアーティストと捉えるならば、時間と空間が無い場で創造をし、時間と空間に表現をした
時間と空間に表現された自然は結果であり、人間の自然を破壊する創造は、本来の創造ではない - 永遠をベースに生きる宇宙が、覚醒期であり、神の創造の場である
時間と空間をベースに生きる宇宙は、調整期であり、神の真似をしてイマジネーションを創造活動をしている - 人間の創造から出る、” 脱・創造 ” から出ることが、本来の創造である
宇宙の律動が変わり、人間の創造も転換を迎えている
⇒ 宇宙の方向が変わり、人間の意識も変化が起こる - 人間の表現はマンネリ化を起こしている
⇒ 人間レベルの創造活動は限界を迎え、自我の表現から、大元の本質に触れ、表現していくようになる - ヌーソロジー自体が、従来の概念を解体し、新しい方向を示そうとしている
- 神の真似事を芸術とするなら、真のアートとは、時間と空間から自由な表現であるべき
- 本来人間は時間と空間の世界には生きてはいない
⇒ アイデンティティを確保しているものは、物ではない - 人間は、時間の無い世界が忘却されている概念で生きている
⇒ ただ表象的な物に意識を向けて来ただけである - 時間と空間が変わっても、自分という存在・本質・意識は変わらない
⇒ 体内の細胞は日々生まれ変わっている - 時間と空間に慣れ親しんだ状態から、時間と空間が存在しない世界に入っていくプロセスは、新しい自分が創られるための ” 拷問 ” になる
- ヌーソロジーは、楽しみながら拷問を経験し、新しい価値観を獲得させる
= マゾヒスト的な思考 - イデオロギーとして思考を立ち上げると、敵が現れ、争いが起きる
- これまでの社会・歴史は、サディストの支配・自我文明による支配だった
- これからは ” ひっそり ” と内側から本質に目覚めるヒトが同時多発的に拡がり、変換人の意識に向かい、人間の意識は進化していく
- ” 議論 ” は否定から始まる
それに対して ” 対話 ” とは、すべてを肯定して深めていく
⇒ ヌーソローは、徹底的にマゾヒストになり、真理探究をし続ける - ヌーソロジーは思想運動・イデオロギーではなく、哲学的SFファンタジーであり、マゾ的戦略である
【 思考としての愛 】
- ” 愛のファシズム ” = 押しつけがましい
- ” 愛は感情ではない ” = 愛は語りではなく ” 行い ”
- 仏教では ” 慈悲 ” を重んじる
- ” 愛はどもらないといけない ” = 愛はサラッと口にされるべきではない
愛をサラッと語る人は信用できない - 愛の存在証明 … 3次元世界は愛が実現されない世界
愛はグラデーションであり、証明できない - 宇宙を創り出した存在は、時間と空間の外に存在する
愛が現象化している場所は、時間と空間の外に ” 倫理 ” として存在する - 時間と空間の世界には愛が無い
愛が結果として見出されていたも、愛は失われてしまっている - もし本当の愛を求めるなら、時間と空間の世界から出る必要がある
- 人間の思考は、” 受動的な思考 ” (=ロゴス的思考)である
時間の空間の世界は、神から与えられている
= 結果の中ではあらゆる行いは、与えられていることが前提になっている - 神の愛の力が精神を結合させながら、物質を組織化している
- 宗教は愛の方向を示すだけであり、” 不立文字(ふりょうもんじ)という免罪符でもって、能動的な思考を放棄させて来た
- キリストは処刑され、現代人は処刑した人々の末裔であることを自覚するならば、倫理・愛への方向に向かって思考をする必要がある
- 能動的思考とは、何も無いところから始まる思考である
⇒ 時間と空間をエポケーして(横に置いて)、創造者としての思考(=ヌース) - 今までの世界・時代・文明において、受動的な思考は必要であった
これからは転換が必要になる - 人間の世界は、愛無き共同体の中に生きており、まるでコンテナに詰められた1つの魂として個定化して来た
⇒ 法律によって縛られ、社会の共同体の中で繫がることを強いられて来た - 人間が個体化していく = 地球が落下していくイメージ
- これからは繋がりの方向が変わる
2013年から倫理(エチカ)を発見していく方向に、背後にある無意識側の繫がりを求めるようになって来ている
= 反転の準備期間 - 自分勝手に自分を閉じていいとは誰も言わなかった
⇒ 今までの繫がり方が必要無くなり、むしろ切断されていく - ” 落ちる ” ・ ” 昇る ” は循環であり、落ちているのに昇ろうとすると苦しくなる
人間型ゲシュタルトを維持しようとすればするほど、苦しくなる - 時間が進むごとに圧迫され、変転せざるを得なくなる
- ヌーソロジーに取り組んでいる時は、自分の中に別人を創っている・育てていると割り切ればいい
= ヌーソロジーの提唱する空間認識に慣れていけば、自我に囚われなくなる - ヌーソロジーを思考することで、選択肢が増え、楽になる
= 自分の精神の土台が拡がる - 愛からも自由にならなければならない
- ヌーソロジーに取り組むことで、本当の自由のための希望になる
以上がヌースビギナーズラック#1の忘備録です。
能動的な思考により概念から自由になれる!
実は私何度もこの動画を見返していて、感化されっぱなしなんです。
半田さんからは沢山名セリフが飛び出していますね。
- ” 愛はどもらないといけない ”
- ” 愛からも自由にならなければならない ”
- ” 永遠をベースに生きる宇宙 ”
- ヌーソロジーは ” マゾ戦略 ” etc
特に ” 愛はどもらないといけない ” という行はなんだか感動してしまって、私は思わず半田さんにリツイートしていまいました(笑)。
半田さんは新参者の私のリツイートに、優しく答えてくださる方で、ヌーソロジーに関しては大変饒舌。
それ以外では寡黙な方なんだとか。
私も興味があること以外は無口で、何を考えているかわからないと思われるので、勝手な親近感を持ってしまっています。
さて、今回の動画はまだヌーソロジーの入り口に立って、ドアノブに手を掛けて回している段階。
次回のビギナーズラックから、本格的にヌーソロジーの内容に入っていくそうです。
1997年に出版された書籍「 2013:人類が神を見る日 」は、残念ながら増版・重版はされておらず、市場に出回っているだけのようです。
またその後に内容が加筆されたアドバンス・エディションが出版されていますが、こちらも新品での購入が難しい模様。
しかし、朗報です。
2013:The Day God Sees God [ digital edition ]
ヌースアカデメイアのサイトで、CDブック・DLデータの購入ができます。
私としては書籍が欲しいので、近々どうにかして手に入れてみたいと思います!
今回の内容はそれほど難しくはなかったので、忘備録にまでする必要はなかったかもしれませんが、何度目かの視聴ができて、個人的にはとても楽しめました。
長くなりましたが、今回も最後まで読んで頂きまして、有難うございます。
それでは、次のヌースビギナーズラック#2でお会いしましょう!
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